43年ぶりの立山行(1)

昭和38年夏だから今から43年前になる。仙台で学生生活をr過ごしていた亭主は山好きのクラスメート二人と立山連峰の主峰剣山に登った。蔵王、岩手、早池峰といった東北の山をほとんど踏破した3年の夏、富山出身の小谷君が「剣に登ろう」と誘ってくれたのだ。

同行を了解した田中チャンと3人で美女平から室堂を経由し、剣本峰に登頂したのち黒部峡谷を経て欅平に出るというルートを組んだ。いまはアルペンルートとして扇沢までの全行程がロープウエイやトロリーバスで完全につながれているが、当時は立山から美女平までのケーブルカーと室堂までのバスだけしかないタフで距離の長い上級者向けのコースだった。

体調もあったのだろうが、特に私には強烈にきついコースで、学生時代の登山の中でこれほど草臥れた経験はほかになかった。剣登頂後、私だけが完全にバテてリタイアを宣言し一人離脱して扇沢から名古屋へ帰った。彼ら二人は私を黒四ダムまでサポートしてくれ、その後黒部峡谷へ戻りルートを完全に踏破した。私にはほろ苦い思い出でもある。

あれから40年の余がたったが、3人が合うと必ずその時の話になり、最後はいつも「また剣に登ろう」だった。私自身は秘かに「2度と登りたくない」と、ずっと思い続けていたのだが...。
そして今年の同期会で嫌がる私も説き伏せられて、ついに立山に行くこととなった。
「剣はいやだ。」なんて言う必要はなかった。還暦もとうに過ぎた三人、もう誰も登ろうなんて口には出さなかった。推敲の重ねられた小谷君労作の日程表は、最終案でばっちりアルペンルート観光となっていた。

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そんな中にこれも同期の中條君が「僕もつれてって」と言い出した。田中チャンが誘ったらしい。中條君は私と早池峰に登った山仲間で一も二もなく同行が決まった。

7/12早朝、杉並を出た私は新宿経由で大宮へ。上越新幹線で東京から乗った田中ちゃんと合流。すぐさま田中ちゃんがおもむろにスーパーの袋から取り出したものが次の写真。彼は、
全行程飲んだくれる覚悟らしい。

右から、木戸泉(いすみの酒)、花垣(奈良)、梅の宿(福井?)
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そしてまたこの思い入れの濃いつまみ
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飲むだけ飲んだらトイレが趣味の田中ちゃん
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そして再会。すぐに氷見の肴へ!途中の雨晴海岸で立山遠望を画したが梅雨のさなかで雲の中。晴れてる時の景色は田中ちゃんの持つビールの写真で我慢。右 小谷君 中 中條君
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氷見の昼食 ローカル色たっぷりのセットだったが、北陸の割にご飯に手を抜いてたのが残念。料理全体の質が落ちることに気が付いていない。
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そして五箇山へ。長い間旅行業務に従事したわたくしが訪れたことのない数少ない観光地の一つで、一度あるがままの合掌造りが見たかった。やはり積雪の時期でないと気分は出ないが、やっと訪れることができた。小谷氏に感謝。
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小谷氏に今度の旅行で一回だけは美味いもの食わせろと頼んでおいたら本当に願いをかなえてくれた。かって北前船の寄港地であった富山の岩瀬という浜近くの「松月」という料亭を訪れた。なにしろここの白海老料理ってやつは絶品だった。トロリとした触感と甘み。これは富山に来ないと食えないなと実感した。
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もちろん良く食い、よく飲み、よく喋った。年金生活者になっても同期は気兼ねがない。
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そして最後は女将を入れて・・・
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この素敵な乗り物はポートラムというのだそうだ。市電みたいなもんだが、なかなかスマート。ウイーンの街を走り回るのトラムを思い出した。岩瀬の浜までの往復を楽しんだ。
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そして2日目。いよいよ懐かしの立山へ向かった。かっては歩いて通り抜けたルートをバスに乗ったりトロリーに乗ったり・・・
と、室堂へ着いたところでカメラの電池が無くなった。なんてこった。充電器を忘れてきた。
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あとは中條君がいつこれに続くの写真を送ってくれるかが頼りだが、本人曰く「写真なんて送ったことないよ」と頼りなげ。扇沢経由で大町温泉に泊まり、安曇野から松本へ抜ける続きはそのうち…。

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